「みんなのため」と「みんなの気持ちを考えること」

最近、思わず笑った動画があります。お笑いの動画は好きでよく見ますが、これはお笑い系ではなくて、政治家の大西つねき氏の「私の時間の使い方」という動画です。

こんな内容です。

誰でもそうだが、自分が持っているもの、自由にできるものは「時間」だけである。

 

この「時間」を使いたいように使うことにしている。たとえば、電話がかかってききて、営業電話とわかった瞬間に、何も言わずに切る。見知らぬ人から、メールやSNSで質問されても一切答えない。誰かの疑問を解決するために生きているのではないから。

 

相手がどう思うかは、相手の問題だから心配しない。

 

自分の時間は、もっと大事なことに集中するために使いたい、たくさんの人のために使いたいから。「みんなのため」というのは、「みんなの気持ちを考える」ことではない。気持ちは、ぞれぞれが自分で処理すべきもの。

 

どう思われても、嫌われても構わない。自分の時間は、わがままに使う。

 

思わず笑ったのが、「誰かの疑問を解決するために生きているのではない」という一節。機会はあるのに利用せずに、自分の都合で質問するのは、相手の時間を奪ってると言えますね。

そして、う~んと唸った箇所。「みんなのため」というのは、「みんなの気持ちを考える」ことではない。気持ちは、それぞれが自分で処理すべきもの。

 

もちろん傍若無人に振る舞っていいというわけではなくて、相手を尊重することは必要。でも、私が考える「相手を尊重する」も、相手にどのように伝わっているかは、本人以外わかりません。最上級の礼儀を尽くさなければ、バカにされたと怒るかもしれないし、社会的立場があっても気にしない人かもしれない。

また、「ありがとう」の一言の裏にも、時には恨みがあるかもしれない。

私達は、永久にわからないことのために、ずいぶん時間とエネルギーを使っていますね。

 

大西氏は、講演会でもこういう話はしているそうで、動画チャンネルで話したのも、「あらかじめ謝っておきます。ごめんなさい」と言うためだそう。動画でも、実際に聞いていると、笑えるし共感できます。

私の場合、「人からどう思われるか」を気にして、悩みに繋がり大きくなりました。それをきっかけに、「心のしくみ」を知って、助けてもらいながら実践。「人からどう思われるか」を気にしないと決めると、しくみ通りに悩みは解消していきました。

(人を傷つけること、人から傷つけられることに、非常にセンシティブな方も、助けを借りながら「心」にアプローチすることで、悩みが解消すると思います)

助けが必要なことは、もちろんありますが、最終的には自分がどうするかです。「自分で処理すべきもの」、確かにその通りです。私の場合、ときに思い癖が出て、「しくみ」に照らし合わせることもありますが、それは次に進むためで、単に自己分析が目的ではありません。

 

大西氏には、「未来の子ども達のために、こんな未来が来てほしい」という明確なビジョンがあり、出来る限り多くの人にその話を聞いてもらうために、各地の講演会、ライブ配信などを精力的に行われています。

私にも、「若い世代が未来に希望を持てる社会になるように、自分ができることを探っていきたい。若い人たちが活動的になれるように、サポートしたい」という思いがあり、今やっていることも、その一環です。

折しも、若い知人が、「7世代先の未来の地球のために」と活動を呼びかけていて、とても嬉しかったです。私は、今は手いっぱいなので、すぐには一緒に活動できませんが、大変心強く思っています。

やりたいことは、「みんなのために」ですが、それは「みんなの気持ちを考える」こととは別物。

とらわれてジタバタしてきた時間が長かったので、つい同情的になりますが、誰もが「自分で処理」できる健やかさを持ち合わせていることを信じて、やりたいことに集中していきたいと思います。

動画の一節で、考えさせられました。

 

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